今に繋がる古都首里の移り変わり

今に繋がる古都首里の移り変わり

 山川交差点から鳥堀交差点までの県道29号「龍潭通り」を琉球王朝時代のお姫さまになった気分で歩いてみました。この通りは、ゆいレール「首里駅」から首里城公園に続く道で、徒歩や自転車で町を散策する観光客も多いエリアです。

 まず目を引くのは、通りの名前にもなっている「龍潭」ですよね。首里城公園の北側にある「龍潭」は1427年に造られた人工の池で、周囲416m、面積7575㎡(出典/首里城校公園公式サイト)。かつては、魚が多くいたことから「魚小堀(イユグムイ)」とも呼ばれたそうですよ。今でも魚や鳥たちが生息していて、優雅に泳いでいる姿を目にすることができました。

 当時の「龍潭」では、尚巴志が中国からの使者である冊封使を歓待するために、ハーリー(爬龍船競漕/はりゅうせんきょうそう)を見たり舟遊びなどをしてもてなす「重陽の宴(ちょうようのえん)」が行われていたですって。通りから見ると、「龍潭」の向こうに見える首里城の朱色が青空に映えてとてもキレイ!夜には首里城がライトアップされ、ロマンチックな雰囲気を楽しめますよ。

 現在の龍潭通りは道路拡張工事が進み、歩道は石畳道に整備されて広くなり、とても散策しやすい雰囲気です。首里城公園を中心とした世界遺産を有する、歴史的・景観的にも重要な地区のため、通り沿いの建物の赤瓦葺きや石垣などへの助成を行い、古都首里の城下町にふさわしい沿道の景観づくりを推進しているそうです。那覇市立城西小学校や郵便局、交番などの公共施設はもちろん、病院やカフェ、コンビニ、レストランなどの店舗にも赤瓦をあしらった琉球モダンなデザインの建物が並んでいます。

 第二次世界大戦で町のほとんどが焼失した首里ですが、龍潭通り沿いには、戦前から残る首里教会や三司官屋敷跡の石垣など、当時の雰囲気を感じさせる史跡も残っています。琉球王朝時代からの首里の魅力を今の時代とうまく融合させながら、首里ならではの町づくりが進んでいるのですね。

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